本日は、翻訳家 谷口 由美子さんが自ら手掛けられた英米児童文学の魅力をお伝え下さる茶論(サロン)トーク、「茶論トーク 英米児童文学の楽しみ」を開催致しました。
参加下さいました皆さま、ありがとうございます♪

本日、谷口さんがご紹介くださいましたのは、谷口さんの新訳本「アリスの奇跡 ホロコーストを生きたピアニスト」 です。

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この本は今までと違って大人向けの本と言えるかもしれません。
原書の作家はニューヨーク在住のピアニストであり、ドキュメント映画プロデューサーであり、作家でもあるキャロライン・ステシンジャー。
彼女の祖父母はナチスの収容所に居た経験があり、それ故か彼女はナチスによるユダヤ人のホロコーストの時代にユダヤ人の音楽家たちがどのように生きたのかを調べている人だそうです。
その中で巡りあったのが、チェコ生まれのユダヤ人ピアニスト、アリス・ヘルツ=ゾマー。
映画「A Lady in Number 6(アパートの6号室のレディ)」の主人公本人です。

アリスは、母がカフカと友人関係に有り、マーラーとも親交があった家庭で育ったピアニストで、ピアニストとしても優秀だった人。戦後、音楽大学の教師を務め、息子もチェロ奏者として成功を収め、ご自身は110歳まで生きて、亡くなる2日前まで部屋でピアノを弾いていた方。

一方で、1939年にナチスがチェコ プラハを制圧したことにより、母、夫そして息子とともに強制収容所に送られ、母と夫は強制収容所で失った人。

ただし、この本は、アリス・ゾマー=ヘルツの伝記でもなく、そして、ユダヤ人を対象としたホロコーストの悲惨さを綴ったものではありません。

原題は「A Century of Wisdom:Lessons from the life of Alice Herz-Sommer; the world's Oldest Living Holocaust survivor」。
ステシンジャーがアリスへのインタビューを通じて得た、どんなに過酷な状態であっても生き抜く知恵を学びとしてまとめた本です。
アリスの場合は、ピアニストであったことが彼女自身を生かし、さらには収容所生活での彼女のピアノの演奏によってつかの間の心の潤いを得ることで多くのユダヤ人収容者が生きることができました。
さらには、ドイツ兵も彼女をはじめとするチェコのユダヤ人たちの音楽会を聴くことで「人間性」を持つ機会があったとも言えます。

本はピアニスト アリスの言葉を、同じピアニストのステシンジャーが書いたことから、「序」ではなく「前奏曲」、「第一章」ではなく「第一楽章」と目次が綴られています。そして谷口さんもそのエッセンスをそのまま生かしています。

また谷口さんは原著者が存命の場合は必ず本人とコンタクトを取られます。
それによって原書にはない、「日本の読者のみなさんへ」、そして「結びにかえて ”赦す”ということ」をステシンジャーさんから送られ、それも訳本には収められています。

「いったいいつから、敵を作ることが目的になったのですか?」
相手を好きになったり、相手の言葉に安易に賛成するように、とはアリスは薦めてはいません。
ただこう言います。
「相手を理解するようにしなさい。」 

この本は、じっくりじっくり読むことで本来の意味がみえてくるかもしれません。
それこそアリスが言うように、「理解するように」読むことで。